大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇/堀栄三


大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫)

大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫)





お正月から、とても重たい本に出会った。


日本陸軍大本営の参謀として活動した著者の堀栄三氏は、戦後、敗戦の責任を感じて田舎へ隠遁し沈黙を保って暮らしていた。一部の説得に応じて「一冊だけ」と、自らの活動とそこから得た教訓、として本書を記したそうである。


自分は組織論や戦略論についてはかなり読んできた、などと豪語したこともあるのだが、本書を今年まで知らなかった。これは痛恨の極み…。


本書は、特に大企業(大組織)のスタッフ部門、企画部門に在籍する人に推薦したい、というか日本人必読!レベルの良書であると感じた。






僕は普段はあまり本に書き込んだり線を引いたりしないのだが、この本は沢山線を引いた。何度か再読したい。


本書の本編は(文庫本で)15ページ目から始まるのだが、最初の数ページだけでも、、、

「枝葉末節にとらわれないで、本質を見ることだ。文字や形の奥の方には本当の哲理のようなものがある、表層の文字や形を覚えないで、その億にある深層の本質を見ることだ。世の中には似たようなものがあるが、みんなどこかが違うのだ。形だけを見ていると、これがみんな同じに見えてしまう。それだけ覚えていたら大丈夫、ものを考える力ができる」

土肥原将軍の戦術講義は実に平易な話であったが、噛めば噛むほど味の出る奥深いものがあって、堀には一生忘れられない言葉であった。(文庫版 21ページより)


土肥原将軍といい、父といい、話の表現はつねに平易であったが、何となく年季の入った深い味わいがあった。二人とも、教科書にあるような言葉はいっさい使わないで、知識を知識らしくなく、体臭のように身に着けていた。

「試験官はお前の目と顔色を見ている。それがお前の表情という仕草だ。その仕草を通してお前の心の中を見ているのだ。これが人と人との情報戦争だ」戦後になって、堀は父の言葉にこう付け加えるようになった。(文庫版 27ページより)


などの金言が満載。全編にわたり重たい言葉の数々がある。日本軍の研究といえば野中郁次郎先生他著の『失敗の本質』などが有名だが、この本は当事者が書いているという点で臨場感と重みが段違いであると感じた。




本書では、日本の陸軍を題材に、組織が持ってしまう宿痾が延々と描かれている。それはすなわち「組織の中で精神論が幅を聞かせ、上司の顔色を伺う意思決定が増え、科学的客観的情報を軽視するようになる」という病である。


これは日本特有のものだろうか。


個人的には必ずしもそうではないと思う。海外の組織でも十分に起こりうることであり過度な「自虐」の必要はない。しかし、日本には「外部労働市場が未発達」&「一神教的カルチャーが無い(=組織や身の回りが絶対的存在になってしまう)」という状況がある。従って、相当に注意しないと日本ではこの病が組織を蝕む、ということではないか。これが今まで組織論を理論と現実から考えてきた自分の暫定的結論である。






文庫解説をしている保阪正康氏の文章がまた良い。敗戦により氏の言う「理知派」*1の人々を失ってしまったことは日本にとって大きな損失だったような気がしてならない。理知派が主導権をとったもう一つの日本があったなら、それはどのようなものだったのだろうか…。


余談(父子論として)

絶賛続きのアマゾンレビューの中でもほとんど指摘が無い点ですが、この本、一種の父子論としても読めると思うんですよね。著者の堀栄三氏の父上(この方も叩き上げの軍人)がカッコイイことこの上ない。寡黙ながら実績があり、息子に対して言葉少なに的確なアドバイスをする。また、その父を慕う人々が、自然と折にふれてその子息に教訓を授ける。下世話なコネ、というよりも、良質な人間関係資本を提供する、というイメージ。

良書というのは多面的な読み方ができるものですが、まさに本書はそういう一冊です。

*1:是非、現物でお確かめ下さい。