マッキンゼー―――世界の経済・政治・軍事を動かす巨大コンサルティング・ファームの秘密/ダフ・マクドナルド



タイトルからの予想に反して軽薄なゴシップ本ではない。重厚に、比較的中立的に事実を積み重ねている。マッキンゼーの実像をその誕生(アメリカにビックビジネスが産まれたタイミング)から、現代(ポストリーマンショック)に至るまでを精密に描くことにより、付随的にアメリカの経済産業史を概観できる内容になっている。アメリカの企業史に興味があり、かつ、コンサルティング業に長く従事してきた僕にとっては、とても面白かった。


マッキンゼーは、創業時代「強烈な自負と倫理観」を特徴としていた。自ら宣伝はしない(採用広告すら出さない)、儲かる仕事でもふさわしくない案件であれば仕事を断る、創業者が株式公開で巨万の富を得るチャンスを自ら封印する、などの行為が実際にあり、「CEOのみにサービスする戦略コンサルティング」という職業をゼロから作り出した。しかし、クライアントであるアメリカ企業の斜陽、自身の世界への拡大、IT化によるシステムコンサルティングの台頭、ドットコムバブルや投資銀行業の隆盛などにより、その当初のエートスを失いつつ、コンサルティングのテーマやスタイルを微妙に変えつつ今も活動している。


もちろん、ゴシップ的な(ゴシップとまで言えないレベルでも)興味惹かれるような事実も本書には沢山書かれている。倒産間際のGMマッキンゼーに月2億円の顧問料を払っていた、とか、ATTは年間10億だ、とか、BCGの台頭に対する焦りとか、トム・ピーターズ(『エクセレント・カンパニー』の著者)にまつわるゴタゴタとか、エンロン絡みの話とか、売上の85%が既存客からのリピートからだ、とか、オバマ政権マッキンゼーを重用している、とか、その辺は純粋に面白い。


(人事コンサルタント的にはマッキンゼーが書いた『ウォー・フォー・タレント(人材獲得競争)』という本が非常にくだらない最悪の本だ、とこき下ろされているのには笑った)


Amazonの書評にも出てくるが、この本人唯一登場する日本人、大前研一が「皇帝(エンペラー)」として描かれているのには何か日本人として愉快な感情を禁じ得なかった。マッキンゼーをワールドワイドに指揮したわけではなかった(そして日本支社の業績は良くなかったとも書かれている)が、とにかく頭が圧倒的に良かった、との著述がある。

マッキンゼーの戦略通上位23人がテーブルを囲んで、アイデアをぶつけあった。それほどの知力の集まりの中でも、東京のコンサルタントである大前研一が群を抜いていた。会合の終わりに、フォイが出席者に示した得点表には、ローマ時代に闘技場でキリスト教徒とライオンを戦わせたことになぞらえて「ライオン10点、キリスト教徒5点、大前37点」とあった。(p164)

(あと、大前研一が常にボディガードを従えており、ボディーガードがピストルを人に見えるように机の上に置いていた、とか。ホントですか?)


本書は安くはないお値段だし、ハウツー本では無い上に、読むのに時間が掛かるタイプの本なので、安易に推薦はできない。それでも本書をお薦めしたい層の第一は、コンサルティング業務に従事する/したことがある人、逆によく使っている人である。それがたとえマッキンゼーでなくても、面白く読めると思う。第二は、海外の企業組織の特徴や歴史について知りたい人である。マッキンゼーが極めて白人男性エリート限定的な組織だったところから、人種属性が多様化して遂にはインド人トップを頂くようになるような歴史であるとか、発注側として日本と大きく違う企業のCEOの考え方の描写などの点において勉強になると思う。