リフレはヤバい/小幡績


私はマクロ経済も金融も専門ではないが、雇用や賃金の分野に関わっている以上、これらについての一定の勉強は欠かせない。国民経済上のホットイシューである「リフレ・金融緩和*1」について勉強すべく本書を読み、真面目にその論理展開を追ってみた。

以下は基本的に本書の要約(間違っていたら私の責)。★は私の意見や疑問。

第一章 その時、日本経済では何が起こるか?

先行的にインフレを起こしたからといって、今の日本では賃金が上がるとは考えられない。一方で、円安に伴う輸入インフレ資源価格、ドル建てが上がることはありえる。


第二章 円安はどのようにして起こるか
円高の影響一部の人に目に見える形で起こる。円安の方は目に見えないかたちですべての人に少しづつ影響が出る。だから、円高は騒がれるが円安は騒がれない。円安はものが高くなる程度なので我慢できる。円高は一部で失業など雇用に影響するので騒がれる。

円安は、米国が容認した時にしか起きない。円安は日本が単独で起こそうと思って起こせるものではない。また、FRBですら制御不能の金融市場が為替の変動には大きな力を持っている。

円安で注意すべきは国債価格の下落&名目金利の上昇(★著者はこれを最大に恐れている。円安で国債価格は暴落しないとする論者もいるため検討が必要だ)


第三章 円安で日本は滅ぶ

国債価格は過去も下落したことがあるが、そのたびに持ちこたえて上昇した。これで、日本売りを仕掛けたヘッジファンドは過去何度か大損している。

このとき国債を買い支えたのは国内の投資家。理由は投資先や貸出先に乏しい今の世の中で、投資対象商品として、流動性が高い、評価のコンセンサス、固定利率であるから。また、投資家も機関投資家ばかりでマジョリティでお互いの行動がわかっており、疑心暗鬼の狼狽売りなどが発生し辛い状況にある。

しかし、円安になると、銀行が保有している国債価格が毀損する。ドル建てで考えたら。円安が明らかなら、銀行は日本国債を売って米国債を買った方がいい。(★このあたり、Amazonレビューでも疑問が呈されておりテクニカルに本当なのか疑問残る)全員がこう行動しだすと、スパイラル的な売りになり、国債価格が崩れる。


第四章 インフレは望ましくない

インフレが起きるとメリットがある、される理由はいくつかあるが、それらは全て誤りだ。

需要が少ないという見通しのままでは、企業は投資活動をしない。

いわゆる「合法的な賃下げ」メリットについても、今はその必要はない。40歳前後から65歳までに賃金たかどまりで、解雇のできない層がいるのは事実だが、若手は賃金は十分下がっている。今、実質賃金を下落させることが本質的な課題なのではない。
インフレ期待で「駆け込み需要」を狙う、というのは最悪の考え方。エコポイントの失敗を見よ。今の日本では需要不足が最大の問題。


第五章 インフレは起きない

中央銀行の独立は、無尽蔵に貨幣を発行したい政府から、経済を守るために生まれた人類の知恵。

日銀は、わざとデフレにしてるのではない。日銀は日本経済のために金融政策をしている。それならばなぜデフレを放置しているのか?それはインフレを起こすことはできないから。

凧上げ理論。凧が飛び上がるとき、紐で手綱をしめることはできる。しかし、凧が飛んでいないときに紐で凧をあげることはできない。これは学会のコンセンサス。(★コンセンサスというほどのものなのか、自分には判断できない)

金融だけでは、風をおこせない。インフレはおきない。鍵は需要。需要をあげるには所得を上げるに尽きる。(★じゃあ、所得をどうやってあげるのよ?と思うが特に示されない。上がらない、という諦念が必要なのか)


第六章 それでもリフレを主張するリフレ派の謎

給料が上がらないのに、輸入インフレになっていいことあるの?
自宅の名目価格が上がったって売れないよ。投資用の不動産は別としても。
政治家がリフレに飛びつく気持ちは理解できる。日銀という悪者にすべてを押し付けることができるのだから。
金融市場関係者は、リフレで喜ぶ。株や投資商品が値上がりするから。彼らにとっては大儲けのチャンスである。
実体経済には波及せず、金融市場がバブって終わるだけ。(★実体には本当に波及しないのかな。というか、実体を良くする他の方法が思い浮かばない今、バブル起こしてそのトリックルダウンでというロジックは否定しづらいという感想を多くの人が自分も含めて否めないだろう)

リフレを言いふらす人々は机上だけの理論家が多い。実際の市場に向き合った経験のある学者は一流の理論家でリフレを主張している人は居ない。

そしてリフレ派に「実際にどうやってインフレにするの?」と聞いてまともな答えが返ってきた試しがない。そんなに言うなら政府が10万円配ってみれば良いのだが、そうしたら貯金されて財政が悪化しただけで終わるでしょう。基本的にカネをジャブつかせれば、というのはそういう議論です。


第七章 リフレ派の理論的誤り

日本だけが中央銀行の決意や気合が足りない、というのは専門的な分析を踏まえない誤解。

世界の中央銀行は同じ価値観で動いている。アングロサクソン系は、文化的にアグレッシブなのでインフレターゲットを公言しているだけで考えてることは同じ。ただし、イギリスは金融立国で資源権益を持っているからインフレでないと困る立場にある点で特徴的。

成熟国家では財政出動も効かない。

★本章は小幡先生の主観や伝聞に基づく部分が強くでている印象で「信じるか信じないかはあなた次第」か。


第八章 円安戦略はもう古い

通貨が弱い、というのは国にとって最悪である。

通貨が安くなれば輸出が増えて良い、というのは古い時代の考え方。今はストック経済の時代に入っている。蓄積された資産で稼ぐ時代。韓国と輸出競争に勝つために円安だ、というのは古い考え。資産は強い方が良い。

通貨安競争をしたら、守るもののない国に日本は負ける。日本の通貨が安くなり過ぎたら、これまで蓄積した良い物がみんな買われてしまう。

本当のグローバル企業とはドルベースで考える企業のこと。ドルで戦略を考え、生産拠点・市場はグローバルなポートフォリオで考え、同時に企業の根源的な価値を生み出す「場」は日本におく。これが真のグローバル企業。円で考えていると、単なる井の中蛙になってしまう。これが過度な円安信仰のもと。


おわりに

日本経済に必要なのは雇用。人的資本の蓄積をもたらす雇用。そういう雇用を増やす。これが唯一の日本経済の改善策です。そのためには若者への教育。これに尽きる。日本経済は、新しい現在の世界構造の中で新しい役割を担う。その場合、すべては「人」です。その「人」に、新しい構造のなかで、新しい役割を持たせ、新しい働き方を作る。そのために、政府の政策は動員されるべき。

感想


本書は既に毀誉褒貶のまっただ中にあるようだが、小幡先生ほどの知性を持つ方が、このタイミングにこのタイトル(笑)で啓蒙書を出すという行為そのものが立派だと僕は思う。個人的にはしっかりと読ませて頂いて勉強になった。もちろん、上で書いたように著者の主張が正しいのかどうかは専門外の私には分からないことも多く、次はリフレ推奨の立場から書かれた本(浜田本?)も読んでみようかなと思う。

ずっと金融が論じられてきて、エピローグが「人」となるのが意外でもあり、納得でもある。ただ、自分の理解不足かもしれないが、リフレの問題と円安の問題をうまく切り分けて理解するのは、少し難しかった。


この記事を執筆している現時点では、特に安倍政権に変わったことで明らかに将来見通しに「期待」が生じ、資産価格の上昇が起こっている。僕も企業人であるせいか、これは肯定的に捉えたい気持ちがある。株価の上昇は企業にとって干天の慈雨というやつである。小幡先生はこれも無い方が良かった(無くても良かった)というのかしらん、と、読後にその辺モヤモヤしていたら、多少補足的なご本人の記事があったのでこちらも紹介しておきたい。 ( リフレ政策ではインフレは起きない http://toyokeizai.net/articles/-/12781 )


以下、2つ素人なりに本書を読んで考えたことを。


一つは、自分はバイアス情報に多く接している可能性があるということを改めて意識したいということ。小幡先生は「企業人や金融市場関係者にとっては、リフレ(期待?)とそれによる資産価格の暴騰は商売チャンスとしてのメリットはあるよ。でも庶民には無いんだよ。」と言う。この主張、マルクス経済学や左系の人が言うのは珍しくないのだけれど、とても左とは思えない人でこうハッキリ言う方は珍しい。ネットや日経新聞、ビジネス誌で元気に活動しているのは企業人や金融市場関係者(あるいはその周辺で食べている人)が多いので、そういう媒体をよく読む僕が受け取っている情報にはバイアスがある可能性が高い。このことを理解しておく必要はあるな、と改めて感じた。


もう一つは、もっと本質的な問題。結局、賃金を上げ・雇用を産み出すことがカギだということは分かるが、誰がどうやってそれを実現することができるのか。結局誰も答えを持っていない、という事なのだろう。リフレ派のロジックではとにかく先に企業収益を上げさせ、それを通じて給与を上げるしかない、となる。これも(人事の専門家として個人的には実現実感は薄いものの)一つのロジックだろう。逆に、レフトウィング的な感じで「最低賃金を上げる!」「解雇規制!」というようなアプローチもあるが、これも上手くいかない(ということは経済学的なコンセンサス)だろう。

だとすると、結局、ものすごく遠回りだけど、(本書の指摘するように)教育を通じて今の世界構造の中で稼げる付加価値のある人材を作っていくしか無い、ということになるのだろうか。ものすごく遠回りである。このもの凄く遠回りな道を、日本人は歩めるだろうか…。政治的には殆ど歩けないナローパスのような気がしてならない。



おまけ

ちなみに、仕事柄若い人と接する機会の多い家人に聞いたところ一定の年齢以下の人は、語感として、ヤバい=すごい良い(ポジティブ)だと受け取るそうで。自分は、小幡先生+このタイトルで当然「警鐘」の意味のヤバイと思ったけども、多くの人は出版時の株価推移と合わせて「リフレって超スゴクね」と思ったかもしれない。日本語は難しい。

*1:これ、炎上しやすいテーマなのであまり関わりたくない気すらしていたのだが。本書も既に「炎上」しているということだし。