役員報酬の個別開示

仕事柄、専門家として最近一番注目したのはこのニュース。

以下、産経新聞より引用
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/business/m20100213020.html

役員報酬、年俸1億以上は個別開示 金融庁が改正案公表 2010年2月13日(土)

金融庁は12日、上場企業に対し、年俸1億円以上の役員報酬の個別開示を義務づける内閣府令の改正案を公表した。企業情報を透明化し、株主や投資家の監視を強める狙いがあり、企業間の持ち合い株の状況や、株主総会での議決結果の開示義務も拡充する。一般からの意見募集を経て3月31日に施行、平成22年3月期決算から適用する予定だ。役員報酬は、年俸1億円以上の該当者以外は、役職ごとに支給される報酬の総額をまとめて開示する。従来は有価証券報告書で企業が任意に公表してきたが、欧米で金融機関の幹部が、高額報酬を目的に短期間の収益確保に走ったことが金融危機を招いた、との反省機運が高まったため、日本でも透明化に踏み切る。


ちょうど今、僕は、政権交代は企業経営や人事労務にも大きな影響を与える、という趣旨の研究レポートを執筆中*1なのだが、まさにこれはそれの一つの具体例だ。何年も前から一部で主張されていたこの「役員報酬の個別開示」が、制限はつくようだが実際に動き始める*2とは、改めて「政権交代」のインパクトの大きさを感じざるを得ない。


この「個別開示」に賛成か、反対か、というのは大変微妙な論点だ。というのは、どちらを支持するにしても確たる証拠を見つけるのが難しいと思われる論点だからである。それこそ、論点を全てまとめて論文にしたら面白いだろう。


独善的な金満経営者を許さないぞ!というような視点からは、一見、「開示」が良いことのように思えるかもしれないが、そうとも言い切れない。従来から既に「開示」を義務付けられていた米国の経営者は、お互いに競い合ってどんどん報酬が高額化していったという話もある。また、日本の公開企業で数少ない役員報酬個別開示企業のうち、ある企業(金融機関とだけ書いておこう)は大きな不祥事を起してしまった。まあ、これは開示以前に変動スキームが短期傾斜のものだったからかもしれないが。とにかく開示=善というような単純な話ではない。


しかし、一方で、「隠しておく」「ぼんやりとしておく」ことが積極的に良いかというと、そういう証明も無い。幾つか研究論文も目を通したことがあるが、株価とか業績とかと役員報酬の個別開示の相関分析をしたとしても、論理実証学的には確たる証明のしようのない論点ではないか、という気がしている。


ただし、株価とか業績とかとの定量的な論点ではなく「やまとごころ」「日本人メンタリティによる共同体組織である会社」というものに「全ての開示」が馴染むのかという、組織行動的?人文科学的論点を設定する事も可能だろう。実際、高額納税者の個人別公開は、プライバシーだか、国民の嫉妬心を煽るだかの理由で、数年前から非公開になっていて、そこには日本人の感情的なものも多分に作用しているのだと思う。


多分、こうした事情を全て理解されているであろう、日経新聞の記者さんのこの記事に対する大変絶妙というか微妙な筆致(良い事とも悪い事とも断定せずに、でも全面開示って何となく気がすすまないよ・・・)を興味深く読んでいます。


短く済ませようと思っていたのに、記述が長くなってしまった。ともかく、これはブログネタというよりは、継続的に研究を続けたいテーマである。


金融庁ホームページでパブコメを受付中)
http://www.fsa.go.jp/news/21/sonota/20100212-2.html


追記:現在の案では一人1億円以上が公開対象らしいけれども、そうしたら多くの大企業の社長さんの報酬がが9,999万9,999円に張り付くんじゃないか、とブラックユーモア的な発想が浮かんできた。

*1:というか、執筆が遅れまくりで相当にマズイ

*2:内閣府令で変えることができてしまうんですね・・・