表層と深層
最近考えていることを少しメモ風に。
映画批評には、蓮實重彦氏が提唱した「表層批評」という考え方があるらしい。要は、映画は映画に表現されていることだけで見たとおりに語るべきであって、それ以外のことを考慮に入れてはいけない、という考え方だ。「勝手な深読みはするな」ということである。
一方で、それに対する批判があり、町山智浩氏らは、時代背景や監督の過去作等々をしっかりと勉強した上で、表層以外の深いところ(暗喩なども含めて)トータルで映画を理解すべきだ、として蓮見氏の考えに批判的、ということらしい。
小難しいことを書いてしまったが、ビジネス界でもこれと同じことが結構問題となっていると思う。
上で説明した映画批評へのスタンスの違いは、会社で
「あの人は○○と言っている。だからそうです」
と
「あの人は口先では○○と言っているが、本当は腹の中ではこう考えている」
という思考の違いに通じる。
後者のように思考出来る人が少なくなってきた、という感覚がなんとなくある。
でも、それが悪いことなのか。
ビジネスの現場では何かを伝えたければ、「表層」を作り込むことが重要とも言える。
などと、ブログに書いているうちに、少し結論めいたものが見えてきた。
- 自分が何かを伝えたい側の時は、「表層」に拘れ。
- 自分が何かを受け取る時は、「深層」も考えよ。
と、いうことか。
あと、「自分では表層をちゃんと書いたつもりでも、受け手に100%伝わることなんてないよ」というのもまたよく出る話なので、注意したい。一緒に映画見た友達が「そのまんま語られてたストーリーを理解できてない」っていうこともあるのだ…。
以上の話、TBSラジオのウィークエンドシャッフルで聞いた話を基礎題材に作成致しました。宇多丸さんは、「映画は、2回目見るときの方が面白い。一度目は表層の理解に追われるから、本当に楽しめるのは二回目」と言っていた。確かにそうかもしれない。自分も、35歳にもなって、「映画を二度見する」習慣が出来てきた。
SNSと表層/深層
表層と深層の議論は、SNSを見ていても感じることがある。
「SNSに晒してる、発してるメッセージはあくまでその人の表層に過ぎない」という認識をどの程度しっかり持っているかは、人によって割と違う。
というか、SNSを使い始めの頃は、ネットにあるものが全て、と思いがち。自分のも他人のも、表層と深層は分離しているものだということが体感的にあまり理解できないように思う。
慣れてくると、ネット上の書き物は書き物。実態は別。ということが体感できてくる。これは自身で体感してみないと、分からないことだ。
ただし、早速に矛盾するようなことを言うと、ネット上に現れている表層には、かならずその人の深層が、たとえ隠したいと思っていても、染み出している。
そのちょっとした染み出しを捉えたな、と感じたときが、面白かったりもする。