1985年のクラッシュ・ギャルズ/柳澤健


1985年のクラッシュ・ギャルズ

1985年のクラッシュ・ギャルズ


自分は普通の人よりはプロレスについて知っているとは思うが、女子プロレスには全くといっていいほど興味はない。

1976年生まれだから、クラッシュ・ギャルズの全盛時はあまりハッキリ記憶していない。復帰した時のことも知らない。


それでも、この本は抜群に面白かった。もしかすると、全く知らなかったからこそ、面白かったのかもしれない。

それくらい、題材(長与千種ライオネス飛鳥女子プロレス)と著者の力量が素晴らし過ぎる。

プロレスラーが人の心を動かすためには、一種の怪物にならなければいけないのだ。


不幸な生い立ち、あるいは、その時点で感じている怨みやコンプレックスから発せられるオーラ、こういうものが無ければ、人の心を動かすプロレスラーにはなれない、ということだ。だとすれば、スターレスラーこそ、その先の没落というか苦難を運命づけられている。

プロレス、という以上に「興行」ビジネスの本質であり、無常観に満ちている。




柳澤氏の「観察眼」・「筆力」も素晴らしい。

ガチの真剣勝負だと信じて、全てを捨てて女子プロレスに入門した若者に、苦しい練習をしばらく課した上で、それが演技であることを伝えるプロセスをリアルに描いた上で、こう記述する。

微妙な問題を語る際に直接的な言い方を避け、曖昧な表現を使って遠まわしに伝えつつ、なおかつ相手に自分の意図を理解させる。

その目的のためには日本語ほどふさわしい言語は無い。


おまけに、主人公二人だけでなく、ファンとしての三人目の視点を加え、「少女たちの、キリストの受難劇に匹敵する、長与千種の断髪劇」から始める「構成力」も素晴らしい。


欲を言えば、冗長になっても良いから、松永兄弟や阿部レフリーのことも細かく書き込んだドロドロの超大作でも良かった。文庫での「完本」も期待します。


完本・1976年のアントニオ猪木柳澤健


完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)


1970年を境に勢いを失った世界のプロレス。なぜ日本のプロレスだけが、その力を維持し続けたのか。その謎を解くべく、アメリカ、韓国、オランダ、パキスタンを現地取材。1976年の猪木という壮大なファンタジーの核心を抉る迫真のドキュメンタリー。単行本に大幅加筆し、猪木氏へのインタビューを含む完全版。

自分は別に猪木信者でもないし、そもそもこれは自分が産まれた年の話なので全く歴史に当たる話なのだが、この本がとにかく素晴らしく面白く、この本を読んだ時から「柳澤健」という人の書いたものは全部読みたい、と思ったのでした。